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001/// 騒音目覚ましが鳴り響く

部屋中に鳴り響く目覚ましの強烈な電子音と、悲鳴のような叫び声から、一日は始まる。






耳が壊れてしまうのではないかと思う程の音量で鳴る目覚ましを止めたあと、俺は薄っすらと開いた目で指針の差す方向を確認する。
短い指針は8の方向を、長い指針は2の方向を差している。

それを見て身体を起こし、無意識に口から漏れる欠伸を吐き出した後、俺はふと重大な事実に気がついた。


時計の指針が差す方向を合わせて読むと、8時10分≠ノなる。
授業が開始される時間は8時50分。そして学校の門が完全に閉ざされてしまうのは8時40分である。そして家から学校までは約30分の道のりになる。
そこまで丁寧に計算を終えた後、今自分が遅刻寸前と言う立場にあることをしっかりと理解する。


「・・・た、大変だ! 遅刻する!!」


俺は着ていた寝巻きを地べたに散らかして、急いで制服を身に纏う。
それから通学鞄を背負って部屋から飛び出すと、転ばないようにと細心の注意をはらいつつも急いで階段を駆け下りる。

このハウスに組み込まれた変な形の階段は、普段気に止めることはなくてもこんな時に限ってとてつもなく迷惑なものだと思ってしまう。
学校に設置されてある階段のように、途中で折り返しをしなければいけないのはかなりのロスである。


階段を駆け降りると、皆の場所として設けられているリビングが現れる。

そこの中心にある大きなテーブルと向かい合っているのは少し年の離れた友人、伊神勇哉。
俺の慌てた様子を目を丸くしながら見ているのが、手に納められた飲みかけのコーヒーの手が止まっているところから覗える。
階段を駆け降りただけなのに、少し息が上がってしまっている自分がなんだか情けなく思いながらも、テーブルに置かれたパンを口に咥える。


「椎太、どうしたの? そんなに慌てて」


こっちは急いでいるのに、なんとも柔らかい声で質問してくるもんだから答えない訳にはいかなくなる。
俺は咥えたパンを片手に吐き出し、首だけを勇哉の方に向けて早口で言葉を吐き出した。


「学校だよ! 走っても間に合うか間に合わないかギリギリなんだ! 行って来る!」

「ちょっと待って」


用件は済んだと思ったのもつかの間、相変わらず柔らかい口調で俺の行動を制限させる。
無理やり振り切ってもなんら問題はないのだが、それをしてしまうと後が怖い。ここでこれから生活していけるかいけないかと言ってしまってもいいくらい大問題なのだ。

俺は遅刻を覚悟して身体ごと勇哉の方を振り返る。


すると彼はコーヒーカップを受け皿に置き、俺の顔を見ながら口元に手を当ててクスクスと笑いを立てる。
何かしたのかと考えてみるが、この短時間で何か出来るほど俺は器用ではない。なら、何が問題だったのかと考えてみるが思いつくことはない。


「ねぇ椎太、腕時計を見てごらん?」

「え?腕時計……? あー!!」


言われたとおりに腕時計に視線を落とす。時間はもちろん、刻一刻と遅刻を確実にしていく。
しばらく時計と睨めっこをしてみると、俺はもっと大事な事実に気付いた。時間よりも、遅刻よりももっと大切なことだ。
俺は目の前で未だに笑っている勇哉と視線を合わせる。すると「わかったんだね」とでも言うような目をして俺を見ていることが分かった。


「椎ちゃん、遅刻もなにも……今日は土曜日だから学校は休みだよね」


そうである。
俺は時間と慣れた普段の生活と言うものにとらわれて、今日が土曜日で学校が休日であることをすっかり見落としていたのだ。
慌てて制服を身に纏い、この恐ろしい階段を決死の思いで駆け下りたというのに、全ては自分の勘違いで無駄に終わってしまった。
こんな自分が情けないと思いながら背負った鞄を体から放すと、勇哉の隣の椅子が引かれる。

どうやら今日はそこに座れと言う合図らしく、俺は椅子の横に鞄を下ろしたあと誘導された通りに腰を置いた。

こんな朝の始まり方をすると、今日一日はやる気というやる気が起きず、テーブルに肘をついて小さな溜め息を漏らす。
そこまで考え込む必要などないのかもしれないのだけれど、さっきの一連の動作は俺の今日の体力の全てを使ったと言っても過言じゃない。
学校が休みなのにこした事はないが、こんな日には逆にあって欲しかったと思う自分がいる。


ボーっと遠くの方を見ながらそんな事を考えていると、テーブルが陰り目の前に俺専用のコップが置かれる。
中身を覗き込む前に影を辿っていくと、このハウスの管理主であり、ここのメンバーの最年長である彼、栃酒昌里の姿が目に入った。
様子が少しおかしいと思いながらしばらく観察していると、昌里は我慢の限界を超えたのか、俺の顔を見てククっと笑い出す。
そして「お前も馬鹿だな」と一言だけ言い残してキッチンへと消えてしまった。
それがまた俺のやる気を失わせるのだが、運ばれてきた俺のコップの中には、彼お手製のフルーツジュースがたっぷりと顔を覗かせていたので、 俺のやる気は一瞬で取り戻された。
自分でも単純だと思ってしまうのだが、彼の作るものはなぜか俺の機嫌をよくさせる物ばかりなのだ。


俺はコップを手に取り、喉の奥に一口それを流し込む。
適度に混ざり合ったフルーツの甘さが喉を通り越し、全体に広がっていったあとに外に抜けていく。
それでもずっと口の中に残る甘さとあとから広がる酸味が混ざりあって、なんとも言えないくらいに大好きなのである。

こんな事を考えながらコップの中身を半分程飲み終えると、ハウスの入り口が小さく音を立てた。
隣に座っていた勇哉もその音に気づいたのか、テーブルに落としていた視線を俺と同じように入り口に向ける。
音が立ってしばらくすると、今度はリビングのドアが開かれて見慣れた顔がコチラを見る。
一瞬俺と勇哉の視線に驚いた表情を浮かべたが、直ぐに柔らかい微笑みを浮かべて中に入ってくる。


そのままテーブルの前まで歩いてくる彼に、俺が声をかけるより先に勇哉が「おかえり」と声をかける。
肩から下げた鞄を外しながら「ただいま」と返し、俺と同じように地面に鞄を下ろしたあと、椅子に手をかけながら俺の方を見る。


「ただいま、椎ちゃん」

「うん、おかえり」


しっかりと目を見つめながら言葉を掛けられると、この男からは目が離せなくなる。
彼、山丘壱の人を捕らえる視線は柔らかい筈なのに、真っ黒な瞳が吸い寄せてくるように外れないのだ。

俺に声を掛けたあとは直ぐに椅子に座るのかと思いきや、辺りを一周見渡してから残りの二人はまだ起きてないのかとキッチンに居る昌里に問う。
すると昌里は「そうだ」とだけ短く答えたあと、キッチンから少し顔を覗かせて壱を見る。
それが合図だと受け取った壱は椅子に置いていた手を離して、階段の方へと足を動かしていく。

壱が始めの段に足を置くと、上からトントンとリズムよく階段を鳴らす音が聞こえてくる。
階段の上の方を眺める壱を遠目に見ながら、どうするのだろうと様子を伺っていると、音を鳴らした男が壱と挨拶を交わしたのが分かった。
そのあとに壱はさっと階段を走り抜け、階段を下りてきた男はまだ少し眠気が取れていないのか、眉間に皺を寄せながらテーブルの方にやってくる。
俺の前の椅子を引くと、勢いよく腰を下ろしてからキッチンの方に向かって「何かくれ」と言ってから体を元の位置に戻した。

口元に手を当てて、欠伸を空気中に逃がしてから俺を見る。
少し釣りあがり気味な目が印象的だと初対面の時に思ったが、いつ見ても彼、真刀豪の目と表情は初対面だとやはり悪印象に取られるなと思った。
目ではいつでも喧嘩を売っているように見えるが、俺が「おはよう」と満面の笑みを浮かべて言うと、心なしか少し柔らかい表情になる。
二言という短い言葉で返してくるのはいつものことで、体をテーブルに密着させると、暇そうな表情を浮かべながら対面にあるテレビに目をやる彼。
俺がずっと見ていることに気付くと、眉間に皺を寄せてとても嫌そうな表情をするのだが、それを見ているのも悪くない。
だってこれは、彼なりの愛情表現方法だと、俺は考えているから。

そう思って笑顔を浮かべると、豪は先ほどよりも物凄く嫌そうな表情を浮かべて俺を見たが、昌里が運んできた朝食の一部によってその表情は緩んだ。
昌里が次々に料理を運び出すと、隣に座っていた勇哉が椅子から立ち上がり、朝食の準備に加わる。
その間俺と豪は椅子に座って料理と向かい合ったままの状態でいるのだが、個人個人の位置に皿を並べ直すと言う作業だけはする。
きちんと並べ終えると、最後の料理を片手に昌里がキッチンから出てきて大きく開けられた中心にそれを置く。
それから壱たちはまだ降りてこないのかと口にしながら、飲み物を抱えてテーブルへやってくる勇哉からコップを取り上げる。
勇哉は小さく声を漏らしたが、溜め息だけを吐き出したあと、俺と豪にコップを手渡した。残りは料理の左上に置かれた。
全てが揃ったと言うところで、ようやく壱が残りの住人を連れて階段を下りてくる。


「……遅ぇ」


豪が小さく漏らしながら、壱とその後ろに立つ男を見る。
黒い髪をところどころ跳ねさせながら、男は軽い口調で謝ったあとヘラリと笑って豪の後ろを通り、隣の席に着く。
一方、自分は悪くないと目で豪に訴えながら、壱は自分の席に腰を下ろした。
全員が席に着いたのはいいものの、豪の隣に座っている寝坊男の灰谷亨快がちょっかいをかけだすもんだから、朝食が始まらない。
豪は無視を決め込むのだが、この男は困ってしまう程にしつこい。と言うよりもそれを通りこして暑苦しい程に鬱陶しい。
俺はそんな亨快の姿を見ながら、左隣に座っている勇哉の表情を気付かれないように盗み見る。
……あぁだめだ。少し表情をみただけでも、かなりご立腹なのが手に取るように伝わってくる。その証拠に、亨快を観る顔が恐ろしい。

勇哉はこの状況をどうするのかと俯きながら待っていると、ぴしゃりと亨快の名前呼ぶ勇哉。
呼ばれた当本人はへらりと笑っていた顔を硬直させて勇哉の方を見る。その顔にうっすらと冷や汗が浮かんでいるのが分かる。
その声に反応したのは亨快だけでなく、昌里は哀れむような目で、豪と壱は呆れたような目で勇哉の視線の先を見つめている。
冗談は許さないとでも言うような空気に耐えられなくなったのか、亨快が口を開いた。


「な、なんでござんしょう」

「お前が遅くまで寝てる所為で朝食の時間が遅れてるのにもっと時間を遅らせる気? ふざけるのは顔だけにしろよ」


ほとんど息継ぎをしないまま言葉を吐き出す勇哉に、亨快は苦し紛れの笑いを浮かべたあと「すみませんでした」と頭を下げた。
それを観た勇哉は溜め息を吐き出した。……俺はその瞬間、小さく舌打ちしたことも見逃さなかったが、ここは自分の心の中に秘めておく。
そのあとに勇哉と目が合うと、ニコリと微笑まれたがその笑みがとても恐ろしく感じて仕方なかった。
俺はそれを拭い取るように朝食開始の音頭を取ると四方から声があがり、それぞれ朝食を開始する。

全員の時間が合うのが土曜日だけと言うことで、その日は全員で食事をすることになっているが、本当に週に一回だけでよかったと度々思う。
こんなことが毎日毎日あると思うと、朝が心配で安心して夜も眠れない。
そんなことを考えながら朝食のスクランブルエッグを口に放りこみ、不意に隣の勇哉の顔を見る。
するとなぜか、また彼と目が合い、彼は微笑みを浮かべて俺の顔を見た後、自分の皿に視線を戻した。
勇哉のひとつひとつの行動が、俺の心の中を見透かしているようでとても恐ろしく感じ、背中に冷や汗が流れる。
やはりこの伊神勇哉と言う男は、絶対に敵に回してはいけないと感じた土曜日の朝だった。


 

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