Revenge person
act.01 Prelide
家の近くにあるコンビニで手軽に購入を済ませて、何層にもなったマンションの入口をくぐり自分の部屋がある階へと足を進ませる。
普段より疲労を溜めていた彼は自分の部屋のある棟に、エレベーターがないと言う事実を恨みながら長い道のりをゆっくりと歩いて行く。
今の時代では珍しいでろう真っ黒な髪と、皺の全くない白いシャツからは身なりはきっちりとしているところが伺えるが、
コンビニの袋に詰められた弁当と飲み物を見る限りでは健康に気を使っている様子はない。
ようやくの思いで部屋に辿り着くと羽織っている上着から鍵を取り出そうとするが、
手を入れたポケットに入っていたのは目当てのものではなく先程受け取った紙切れで、面倒だとでも言うように溜め息を漏らした。
利き手である右手から袋を持ち替えて、今度は反対側のポケットに手を入れると、次は当たったのか部屋の鍵が顔を覗かせた。
それを鍵穴に差し込むと気持ちいい程に軽快な音が鳴り、部屋の主はドアのぶに手をかけ手前に引いた。
中に誰かいる訳ではないので、暗闇に月明かりがカーテンを通り越して差し込んでいて、
どこに何が配置されているのかが意識しなくても分かる。
入口付近に設置されたボタンを押すと中は次第に明るくなり、月明かりでは確認出来なかった廊下付近の入口があらわになる。
そこには目もくれずに、彼は廊下を通り抜けリビング入り、そこに設置されたテーブルの上に袋を手荒に置いてから、
キッチンに向かったが、そこまで行動してから普段と違う何かに気づきリビングに目を懲らした。
テーブルとは反対側に設置されたテレビに前にあるソファーに、自分以外の存在を見つけたのだ。
普段より疲労が溜まっていた事を思い出して、冷たい水で顔を洗ってからもう一度同じ方向を見てみるが、
それは気の所偽ではないようで、ソファーにはやはり自分以外の何かが当たり前かのように座っているのだ。
親でもきているのかと思考を巡らせるが、ありもしない考えを止めて意識を引き戻し、確認する様にソファーの方に目をやった。
するとそこには先程見えた自分以外の存在はなく、気のせいだったのだとほっと胸を撫で下ろした瞬間、見事にそれは崩れ去った。
なぜなら、自分の右方向から少し高めの声が聞こえたからだ。
彼はどきりとしながらもゆっくりと声がした方へと顔を向けた。
そこに居たのは茶色い髪のした肌の白い青年で、背格好は自分より少し小さいくらいだと認識した。
目が合うと青年は挨拶をして微笑んだ。街中で会っていれば好青年。で終わるはずだったが、
残念な事にそこは自分の住家で、そこに見知らぬ人間が居ると言うのは有り得ないこと。
友人ならば悪ふざけと言う事も考えられるが、顔の知らない全くの他人となればそうもいかなくなる。
戸惑いを隠せないと言う様子を見たにも関わらず、相手は悪びれる事もなくただ笑顔で立っていて、彼は余計に困った様にその顔を見る。
しかし青年は未だ笑顔のままで彼の顔を覗っている。
何なのだと話を切り出す事もできずにいると、青年は何かに気づいた様に彼から視線をずらした。
それを追うように視線が向いている方を見ると、
辿り着いた先は先程コンビニで購入したものが詰められたビニール袋で、青年手はそれをじっと見つめている。
彼はそのビニールの袋と青年手を何度か見て首を捻った後、ひとつの考えが浮かんだようで口を開いた。
「もしかして……腹減ってんのか?」
彼が小さくそう言うと青年はその声に気がついたのか、ビニールの袋から視線を戻して目を見開いた。
首を横に振ってから否定の言葉を並べる前に、青年の腹部が返事を返した。
それを聞いた途端何かが溶けた様に彼は表情が緩くなって小さく喉を鳴らした。
それが笑いを抑えた為にでた音だと分かると、青年は白い頬を薄いピンク色に染めながら下を向いた。
青年が出した腹部の音が彼の緊張しきった何かを解いたのか、先程とは打って変わって優しい表情に変わった。
そして台所からテーブルに移動してからビニールの袋に手をかけ、弁当と飲み物を取り出した後青年を見た。
目が合うと青年は恥ずかしそうに彼から目を逸らしたが、
こちらへ来るようにと動作したのが視界には映っていたのか、逸らした顔を戻して彼を見る。
中々その場から動こうとしない青年を見て苦笑いを浮かべた彼だったが、今度は動作だけでなく言葉も合わせて相手を呼ぶ。
そこまでして自分を呼ぶ彼に青年もその場に留まっている事ができず、遠慮しがちにテーブルに近づいていく。
辿り着いたのを確認すると、彼は椅子を手前にひいて青年に座る様言った。
次は躊躇う事なく素直に言われた通り行動した後、本当にいいのかと確認する様体を横に傾けて彼の顔を見上げる。
それに対してどうぞと言葉をかけると、青年はテーブルに置かれた物に向き合ってから手を合わせて、弁当の上に置かれた箸を取った。
青年が弁当の蓋を開けて中身を食べ出したのを見届けると、彼は再び台所に戻り冷蔵庫の隣に置かれた棚の前に行き、
みっつある引き出しの中から迷う事なく1番下の引き出しに手をかけて中身をうかがった。
中はレトルト食品がいくつか買い置きされており、綺麗に整頓されていた。
その中で手早く完成する物はどれかと見渡してから、手前に置かれてあったカップ麺を手に取り、張り付いたビニールを剥がした。
それから棚の上に置いてあるポットの蓋部分を軽く押し込み、お湯を注いだ。
目盛りまで丁寧に注いだ後、ポットの隣の整理された箱から箸を適当につまみ出し、またリビングへと戻った。
その頃には弁当の中身も半分くらいまで減っていて、彼が戻ってきた事に気づくと慌てながら箸を置いた。
彼の手の中に収まっているカップ麺を見ると、青年は申し訳なさそうな表情を浮かべた様だったが、
彼は大して気にした様子はなく、持っていたものをテーブルの上に置いてから向かい合うような形で椅子に腰を下ろした。
青年からの視線が自分の方に向いていることに気づくと、同じ様に相手を見返した。
「…どうした? 食わねぇのか?」
「あ、いや……。これ、貴方のだったのに俺が食べちゃったから……それ」
彼の手が添えられたカップ麺を指しながら口ごもるように言うと、彼は気にするなと笑って青年を見る。
それでもまだ、青年は頭を下げて謝り続ける。
それを見て困った様子で頬を掻いていたが、たまたま目に入った壁時計に小さく声を漏らしながらカップ麺の蓋を取り去って中をほぐした。
その後もう一度青年の顔を見て微笑むと、青年は何かを感じたのか再び箸を動かした。
音楽も何も流れていない部屋にはカップ麺をすする音と、箸がプラスチックを擦る音が響き渡った。
どちらかが何か言葉を吐き出す訳でもなく、しばらくの間この音が部屋の中を包んでいた。
先に弁当を食べ終わった青年は蓋を閉めた後彼がカップ麺を食べ終わるまでじっとその様子を見ていた。
中身を食べ終わった後、残っているつゆを少し口にいれたが、顔をしかめたかと思うとそのまま箸を置いた。
両者が空腹を満たすと、先に言葉を発したのは青年だった。
「あの……ありがとうございました」
「あ? あぁ…いいよ別に。それより俺は、何で見知らぬ奴が部屋にいるのかって方が気になるんだけど? お前…何もんだ?」
そう言われた途端、青年は思い出した様にはっと表情を変えて少し俯いたと思うと、いきなり顔をあげて彼の方をじっとみつめた。
その表情は先程とは打って変わって人懐っこさを感じさせるものがなかった。
彼は青年の表情のギャップに言葉を失ったが、顔はずっとそちらを向いたままで、視線を逸らすことはしなかった。
最後に言葉を発してからしばらく間をあけて青年は口を開いた。
「俺は、貴方を殺す為に派遣された復讐屋です」
「復讐屋……?」
「はい」
目の前で自分は復讐屋だと軽く言ってのける青年に戸惑いながら、
何故自分が殺されなければならないのかと自分なりに考えて居るようで、その表情は険しかった。
いきなり現れて遠慮しがちにご飯を食べ終えた後にころりと表情を変えてそんな事を言われてもそれが真実なのかは疑わしい。
小さく溜め息をついた後青年の顔をまじまじと見直してみるが、
至って真剣な顔つきで相手も彼を見返してくるためそれが本当なんだと信じるしかないのではとも思わされる。
しかし、かと言ってそう簡単に話を信じれるはずもなく、本日何回目であろう溜め息をもう一度こぼした。
「俺、殺されなきゃなんねー事でもしたっけ?」
「さぁ? 俺は派遣されただけなんで知りませんよ」
「何だよそれ、分かんねぇくせに俺んとこに来たのかよ」
疑問を素直にぶつけてみたものの、相手から返ってきた言葉からは何も手掛かりなどみつける事ができず再び頭を抱え込んだ。
もう一度最初から何かないかと思考を巡らせてみるが、辿り着くところは同じで結局何も見えてはこなかった。
そんな彼を見て青年は何かを思い出したように声を漏らすと、頭を垂らしてうなだれていた彼は何事かとゆっくり顔を上げた。
「依頼してきた人の名前なら分かりますけど」
「何だって?」
青年の言葉を聞いた彼は目を見開いて勢いよく立ち上がった。
その衝動で座っていた椅子が傾き、地面に倒れて音を立てた。
だが、倒れた椅子には目もくれず、教えろとでも言うように青年の顔を睨み付けるように見た。
青年は知っているとは言ってみたものの、それを本人に明かしてしまっていいのかと今更になって考え始めた。
その様子を見て痺れをきらしたのか、急かすように身を乗り出したが、
青年は気にした様子もなくただ何かを考えているのか、しばらくの間口をつぐんだままだった。
何をしても意味がないと分かった彼は乗り出していた体を元に戻して腰を下ろそうとした。
だが肝心な椅子は未だ倒れたままで、危うく自らまでも後ろに倒れそうになり小さく舌打ちをしてから椅子を起こして体をそれに下ろした。
それから先程と同じように、しかし今度は先ほどよりも穏やかな瞳で相手をじっと見つめた。
考えが纏まったのか、青年は彼を見てから笑顔をつくり、話を切り出した。
その笑顔がとてつもなく嫌な予感を漂わせていたのだが、続きの言葉を聞きたいがために気のせいだと言い聞かせて相手を見直した。
「依頼主の名前、教えて欲しいんですよね?」
「あぁ。お前に教える気があるならぜひとも教えて貰いたいね」
「分かりました。」
「本当に言ってんのか?」
「はい。ただし──・・・、条件があります」
「条件……?」
「そうです」
彼は青年の言葉にしばらく悩んでいた様だが、何か手掛かりになるかもしれないと考えると仕方ないと思い、首を縦に動かした。
それを確認した相手は条件はと前置きをはさんでから一旦息を吸い直した。
それにつられて彼もまた、口に溜まった唾液を飲み込んだ。