Revenge person


act.2 Variation

「貴方の家に居候させてください」


その言葉に彼は思わず間抜けな声を漏らした。
青年はそれを言ったきり何もいわず、ただ彼を見つめていた。
条件として家に居候させろといきなり言われても困ると言う表情を浮かべていた彼に、青年は付け加える様に言葉を並べる。


「もしこの条件をのんで貰えないなら、依頼主の名前は教えれませんよ」

「だからってなぁ……お前が出した条件のんでまで名前教えて貰うってのも……」


彼が続きを言いかけると、青年は懐に手を入れて何かを捜すような素振りをみせた。
何をしているのかと様子を伺っていると、青年は目当ての物を見つけだしたのか懐から手をだした。
その手には黒い塊が握られており、鈍い色を反射させる黒い塊が何かを察知した彼の顔は引き攣った。

青年はそれを彼に向けてとても爽やかな笑顔を見せた。


「僕は派遣された復讐屋です。いつでも貴方を殺せると言うことをお忘れなく」


青年が見せる笑顔とは裏腹に、その手に握られた物は彼を捕らえて離さなかった。
黒い塊を見た後に青年の笑顔を見ると、それがとても恐ろしいものに見え、
ここで条件を飲まなければ自分の命さえも危ういを本能的に感じた彼は、仕方なく青年が出した条件を飲むことにした。
彼がただ小さく頷いてみせると、青年の顔はまたたくまに明るく、最初のようなとても子供らしいものに戻った。

そんな青年の表情を見るとなぜだかホッとするような不思議な感覚が沸き上がってきた。
自分でもよく分からないがどうやらこの青年に何かを感じたのだと思ったのだ。


青年を見ていた彼は、ここまで話をしたり居候させることになった相手の名前を知らない事を思い出し、目の前にいる相手に声をかけた。
すると青年も彼の言葉で思い出したかのように、そういえばと返した後に微笑んだ。


青年は椅子から少し腰をあげて座り直してから自分の名前を告げた。
復讐屋だと言うものだから名前を明かしたとしてもコードネームだったり偽名でも使っているのかと考えていると、
彼の心の中を読んだかのように、青年は偽名でもコードネームでもなく、ちゃんと授かった名前だと付け加えた。

本名を明かしたことと心の中を読んだかのような青年の行動に驚いた表情を見せながらも、彼も相手と同じように自分の名前を告げる。

自分を殺すためにきた青年の事だろうから名前くらい知っているだろうと思っていると、
遂行の内容や簡単な個人情報くらいしかくらいしか教えてもらうことができず、いちから捜さなければならなかったと言う。


与えられた情報と今まで培ってきた自分の勘を頼りに宛てもなく動いていた時に彼の住むマンションに辿り着き、
偶然中へ入ろうとしている人陰を見つけ後をおったらしい。
すると情報と一致する場所を見つけたらしく、そのまま付いてきて、隙を伺って中に忍び込んだのだと言う。


聞いてみれば驚くほど大胆な行動のように思え、
自分はなぜそれに気づかなかったのかと、逆に自己嫌悪に陥ってしまいそうになりがっくりと肩を落とした。

そして、もし少しでも自分の周りに注意が向いていれば、とか青年の姿を捉え、気づくことができたら
こんな変なことに巻き込まれなかったかもしれないと考えるのだった。


「あぁ、そうだ」


そんな彼の姿を見て、青年は大袈裟に両手を叩く素振りを見せてからにこりと笑顔を浮かべて、それを彼に向けた。
また何か自分に不利になるようなことでも考えついたのではないかと、顔を上げて疑いの目を向ける。

青年はどうしたんですか?とでも言うように彼を見て、またにこりと笑う。


返事をする気力さえも失わさせる青年の言動に、とうとう彼は何も言わなくなった。
その様子をつまらなさそうに見ている青年をはやし立てるように、彼は顎を使って言いたい事があるなら早く言えと促した。
それに対抗するかのように、青年は彼の心内に秘めた先程の考えを見通しているとでも言いた気な表情を浮かべる


「いくら貴方が周りに注意していても、僕からは逃れられませんよ」

「な……!」

「運が悪かった。……そうですね、貴方の担当になったのが僕だった事が運の月です」


淡々とした口調であっさりと言ってのけたあと、お得意の笑顔を向ける。前者の言葉さえ取り除いて、青年の笑顔だけを目にしていたら、
こんなにも頭を抱えるはめにならずに済んだのにと、今になってはどうすることもできないことを考えて感傷に浸っていた。
しばらく置いてから、彼はため息を零しながら顔をあげて青年を見る。
それに答えるように青年はなんですか?と言葉を吐き出した。


「さっき言った、家に居候させろってのは本気か?」

「もちろん本気です」

「名前を教えるってのと、居候させるってのが釣り合ってると思うか?」

「…思いませんね」


やはり自分の考えは正しかったのだと、何度目か分からないため息を吐き出しながら、彼は頭を掻いた。
明らかに釣り合ってはいない条件を出してきた当の本人は、悪びれた様子もなく笑顔を保ったままだった。


ずっと続いている同じようなやり取りにいい加減飽き飽きしてきたとでも言うかのように、
彼は無言で椅子から立ち上がり、そのまま台所へ歩いて行く。

それから、拭く手間を省く為だと、
洗われて並べられてあるコップを他の食器の隙間から取り出し、浄水機能の取り付けられた水入れから中身を注いだ。
コップの半分くらいまでに注いだものを一気に喉に通した後、気持ちを切り替えるように息を吐き出した。

用のなくなったコップを流し台に置いてから、リビングに戻ろうと振り返ると、キッチンとリビングを隔てる壁に体を預けながら立っていた。


目が合うなり、さっきの続きですがと言って話を始める。
彼が舌打ちしたことに気づいたようだったが、青年があっさりと流した事によってまたもら意味をなさなかった。

「貴方は僕が出した交換条件に、やはり納得できないんですよね?」

「あぁ、納得できないね」

「そうですか…」


先程と同じような状態に陥った事を思い出し、今度は何を持ち出してくるのかと彼は身構えた。
が、その予想とは反して今度は何かを考えているのか、黙りこくってしまった。
だが直ぐに解決したのか、顔をあげて視線をあわせると、またお得意の笑顔を作った。


「なら、僕が貴方を守ります。これなら条件として釣り合うでしょう?」

「はぁ?! なんだよそれ、意味分かんねぇよ。お前は俺を殺しにきた復讐、屋…とかゆぅやつなんだろ?」

「そうです、僕は復讐屋です。ですが――……」


青年は話の途中で言葉を区切り、勢いよく後ろを振り返った。
彼は何があったのかと青年に声を掛けるために一歩足を踏み出そうとしたが、それをするまえに青年に鋭く言葉を吐き捨てらた。


状況が掴めないまま青年の後ろ姿を見ていると、青年は顔だけを彼の方に向けてから、人差し指を立てて口元へ移動させた。
これが何を示しているかと言うことと、その仕種をした青年の目が柔らかいものではなく、
何か独特なものを感じさせるているようで、彼は口をつぐんでいるしかなかった。

その間も青年はいつでも動けるようにと体制を保ったまま、一言も口にすることなく部屋のあらゆるところに目線を泳がせていく。
ひとつひとつ丁寧に何かを確認しているようだったが、体をあげて彼の方を見る。
そして柔らかい表情で微笑んだかと思うと、内胸のポケットから銃を取り出し瞬時に位置を特定し、
そこへ何発か撃ち込んでからふぅと息を吐いた。

青年の動作や今の瞬間的な出来事をきちんと把握できてない彼は、目をぱちぱちと動かしながら青年を見た。


青年は少し困ったとでも言うような表情を浮かべてから、銃の中身を確認する。
それを終えると有るべき場所へ戻るように、銃は吸い込まれていった。


「よかったですね。僕がいなかったら貴方は今頃、存在をなくしているところでしたよ」

「……どう言うことだ?」


彼は生唾をごくりと飲み込んで青年の方を見る。

青年は視線を合わせたあと、何か言葉を漏らしながら先程銃弾を打ち込んだ位置へ歩いていく。
その時に床と擦り合って生まれたコツコツと音を立てるものに気づいたが、
今はそんなくだらない事で相手を責めている場合ではないと、事を理解出来ていないながらも本能的に感じていた。


それをはっきりと証明するかのように、彼の背中にはうっすらと汗が浮いていた。

青年はそこまで行くと座り込んで何かを拾いあげる。
それは小さな四角い形のしたメモリーチップのようなもので、中心部であろう部位が綺麗に真ん中で割れていた。
そして彼の側まで戻ってくると、そのメモリーチップのようなものを見せながら、口を開く。


「これ、何に見えます?」

「何って…、ただのメモリーチップ…」

「まぁ、そう見えてもおかしくないですね」

「てことは、違うのか?」


彼は青年の手の平の上に置かれたチップを見ながら首を傾げる。
不思議なチップに興味をもったのか、触れようと手を伸ばすと青年によってその手は叩かれて行き場をなくした。


「何すんだよ」


叩かれた手を摩りながら、自分は間違ったことなどしていないとでも言いた気な青年を見る。
叩かれた手の甲は少しだけ赤く染まり、手の色と美しく混ざりあって存在を強調しているようだった。


「…すみませんでした。しかし、こうでもしなければチップの探索機能が貴方に乗り移ってしまうところだったのです」


青年は珍しく深く頭を下げた。
その事実に驚きながらも、それは一体どういうことなのだと問い詰めるように目線を送る。
すると青年は、手の内にあるチップがどう言った存在であるのかということを説明し始めた。

そのチップには、標的とした人物の簡易データが組み込まれており、何かを通じて触れた瞬間にその標的の体に進入するのだという。
そして、進入した先から詳しいデータを情報として送り、目標を確実に仕留める機会を狙う……と。


あまりにも踏み込むことのない世界であるため、青年がチップの説明を持ち出しても彼にはよく理解することができず、首を傾げていた。
それを見かねた青年は、全体をまとめてどういったものかを説明する。
その表現の仕方だと意味を理解する事が出来たのか、彼は「あぁ、なるほど」と言いながら頷いた。


「……とにかく、ですね。貴方は狙われているんですよ」

「それは分かったけどさ、お前だって俺のことを殺しにきたんだろ?」


彼がそう言うと、青年は少し罰の悪そうな表情を浮かべてから彼に背を向けるように立った。
そして、ひとりで何かを唱えるかのように声を口にしながら考えている青年を奇妙に思い、彼は眉間にしわを寄せる。
しばらくそれが続くと、青年は何かを決心したように彼の方へと向き直り、しっかりと目をみつめる。


「先ほども言いましたが、僕は復讐屋です。……しかし、貴方を危険に晒すわけにはいけないんです。だから、僕が貴方の護衛をします」

「……ちょっと待て、やっぱり訳がわからねぇんだけど…」

「訳が分からなくても結構です。とにかく、貴方の身を守る代わりにここに置いてください。いいですね?」


青年のぴしゃりと物を言い切る態度に彼はもう首を縦に振るしかなく、しぶしぶと言った感じで交渉は成立されたのだった。