漢字一文字10のお題

目の前で、男が怪しげな表情を浮かべながらニンマリと気味の悪い笑顔を作って歩み寄ってくる。
それを見た人ならば、誰しも自分の身に危険が降りかかる前兆だと言うことが分かるだろう。
だが、頭が熱を持っているように熱く火照り、体の自由が利かない僕は、それを見てどうすることも出来やしなかった。

男がタイルの床を進んでいるという実感が視覚を通してではなく、聴覚を通して伝わってくる。
それが何を意味しているのかを僕は理解していて、でもどうにも出来ないことも既に理解しきっていた。
気持ち悪い量の冷や汗が背中を伝っていき、体を覆っている布を湿らせていく。

視線を男の方へやろうとした瞬間、大きな手で顔を押さえつけられ、閉ざしていた口元に強い力が加わった。
抵抗しようにも力の差が激しく、それは叶うことなく口の中へと粒状の物体がいくつか入り込んできた。
その後には中の物が吐き出せないようにと口元を覆われ、中でゴロゴロと転がる物体を飲み込むしか術はなかった。
喉が上下に動く様子を確認した男は満足そうに笑顔を作り出して僕をみた。

「──……っ、苦……っ! 無理矢理飲ませるなんてずるいじゃないか!」

僕は咳き込みながら声を荒げて抗議するが、男はクスクスと笑うだけで、取り合おうとはしなかった。
口の中から物体は消えたものの、口内にこびり付いた気持ち悪いモノはしばらくの間取れそうにもないことが分かり、僕は肩を落とした。

「僕は苦いのが嫌いだって言ったのに、いつもこんなものばかり飲ませて……君は悪魔かなにかじゃないのか」

口内に残っているモノを吐き出すように小さく溜め息を吐き、僕は男の顔を見上げた。
僕の物言いに少し呆れた表情を浮かべながら笑いを零すと、懐から先程口に入れられた粒を取り出した後、それを僕の隣に置いた。

「お前が言うなら悪魔でもなんでもいいさ。俺がいなければ救われないことくらい分かってるくせに、困らせるなよ」

それだけ言うと、男は靴を鳴らしながら離れていく。
男の残した正当な言葉に何も返す言葉が見つからず、僕は歯を食いしばりながら布団の中へと潜り込んだ。





2008.09.16. up.