揺れる釣り糸
数えきれない程の細く、澄んだ長い糸が、終わりの見えない広い水の中へと垂らされた。
それは途中で色を変えたり、太さを変えたり、方向を変えたり、結びついたり離れたり、意思を持たされているかの如く息をしているように見えた。
しかも、同じような色がなければ、太さの変化もまったく違い、結びつき方や離れ方も異なっていて、一言で表すと「不思議」だと言える。
吊り下げられた空間には、有り得ない程の数が入り組んでいるのに、ほつれてしまうことはない。
集団になって一カ所に集まる事はあれど、それぞれが違う方向に動く時には、絡み合うことなく綺麗に動いて行くのだ。
それがたまらなく不思議で仕方がないのに、僕には水の中を覗くことはできない。
許されてはいないのだ。
その理由が何だったかは、僕がこの場所で留まっている時間がはてしなさすぎで忘れてしまったのだが。
そんなことを思っていると、少し遠くの方で複数の糸が絡みあった。
これは珍しい、と、しばらくその箇所を眺めていると数本の糸が切れて、水の中に吸い込まれていってしまった。
それをきっかけに、ちらほら糸が切れて中に吸い込まれていくのが分かった。
始めは不思議だと眺めているだけだったのに、なぜか急に胸が締め付けられる程切なくなる。
しかもそれは糸が切れる本数が多くなる程増していく。
苦しい、苦しい、僕がそう思うと、今度は天から新しい糸が数えきれないくらい水の中に垂れた。
僕はそれを見てほっと胸を撫で下ろす。
それと同時に、今度は糸を切ってしまおうと言う感情が沸き上がり、考える暇もなくそれは実行される。
プツリ、と音を立てながら糸は切れ、水の中に沈んでいく。
楽しくなってそれをいくらか繰り返したあと、今度は糸が垂れてくるのを待たずに、自分で糸を垂らしてみる。
すると、垂らした糸は見事周りと同じように息をし始めたのだ。
これは不思議だと思うのと同時に、この場所は僕の意思で動かすことができるのだと分かり、糸を切りたくなると手で引きちぎり、増やしたくなると新しく垂らす。
それだけではつまらないと複数の糸をまとめて絡め様子を伺ってみると、それは解けた後に数本だけ切れて水の中に垂れた。
それが面白いと思うと僕の行為に追加され、それでつまらないと思えば新しいことを試してから行為に組み込んでいく。
最初はそれの繰り返しだが、ずっと同じではやはりつまらない。
今度は何がいいかと頭を働かせると、ゆらゆらと揺れるたくさんの糸が目に入った。
絶対に同じ色はなく、絡みあうこともなく、太さもまったく違う糸が、僕の目にはとても美しく映った。
しかし、なぜかそれが憎らしくも思えてしまったのだ。
僕は座っていた場所から立ち上がり、全ての糸を纏めて手の中に包み込んだ。
そして、両手を一斉に上下にひっぱる形で動かしてみた。
よく考えると、なぜこんなことをしたのだろうとも思うが、今になってはもうどうでもいいこと。
全部の糸が切れて水の中に沈んでいくと、僕の目からはたくさんの涙が溢れだして、その後には僕の胸がキュッと締め付けられた。
そして、僕の身体が傾くと同時に意識が遠退いていく。
僕も、この世界も、全て終わり。
意識がなくなると、天からは新たに無数の糸が水の中へと垂らされた。
全部が最初から降り出しに戻されたのだ。