10の場所お題

競技場

一面に広がる緑色の芝生に、思わず息を飲んだ。
グラウンドに広がるものとなんら変わりはないのに、この場所の雰囲気が全く別の空間を作り出しているような気がした。
開始時間までまだ余裕があるのか、観客席には数える程しか人影は見られず、この場所を独り占めしているような感覚に捕われた。
ここで、彼はひとつのボールを追い掛けて走り回るのだ。

そう考えただけで、身体の奥深くから沸き上がるものが何もかもを支配する。
私は、無数にある観客席の内のひとつに腰をかけて、もう一度広がる緑を目に焼き付けた。
陽に照らされる緑が艶やかに煌めいて、目を覆ってしまうくらい眩しかった。

昔は、同じように緑の上を走り、ひとつのボールを追い掛けることが堪らなく素晴らしいことだと思っていた。
孤を描くように宙に浮く様子や、速さを増して先へ走り出す様子を身近に感じることで、とてつもない幸せを味わっていた。
たとえずば抜けて優れていなくても、ただボールを追い掛けれさえすればよかった筈なのに、それもいつかしかできなくなっていた。

歳を経るごとに、越えることのできない隔たりに阻まれてしまったのだ、私は。
それに打ち勝つことができなかったが故に、こうして未練を残したまま緑を見つめている自分がいる。
あの頃の私は、高くそびえ立つ隔たりを越えられる程の力量を持ち合わせていなかったのだ。
それは単なる逃げであり、未だ心の奥に残る後悔への言い訳であるには変わりない。

ここに広がる緑への憧れを、私はとうの昔に捨ててしまったのだ。
それは変わることのない事実であり、自身の弱さでもある。


だからこそ、私は今ここにいるのだろう。
捨てきれない憧れと、濁った色で塗り固められた後悔の念を掻き消してしまおうとしているのかもしれない。
それ程に大きな存在であったのだ。


私は観客席から立ち上がり、思い切り深呼吸をする。
そしてもう一度全てを見渡してから緑が広がる場所だけを見つめる。


あの頃にはもう戻れないことくらい分かっている。
それでも抑え切れないものをもう一度外へと吐いてしまうために、私はボールを追い掛ける彼に全てを込めて言葉を捧げるのだ。

またもう一度、瞳に眩しく映る緑色を見せてくれと、叫ぶように。

2008.08.15. up.