スロースターター
久しぶりに街中で会った友人と会話を交えているうちに、予定の時間を大幅に過ぎていることに気付き、僕は足を急がせる。
目的地は君の家。
君からの滅多にない誘いに浮かれすぎたのか、無常にも時間は進んでいく。
おぼつかない手つきになりながらも、君の部屋の鍵をズボンのポケットの置く深くから取り出して、入り口に差し込む。
カチャリと鳴った音を合図に、僕は靴をそこらへんに放りだしたまま部屋に上がって君の元へ向かう。
僕が辿り着くと、君はヘッドホンから音が漏れるくらいの音量で音を耳の中に招きいれていた。
目の前に薄暗い影がかかったことで僕の存在を受け取ったのか、ヘッドホンを外してゆっくりと顔を上げてコチラをみる。
その表情から、少し怒っている様子が伺えて、僕は苦笑いしながら隣に腰を下ろした。
ヘッドホンは、ジャカジャカと音楽が流れっぱなしで机の上に放置された。
僕はそれを手に取って、目の前で機嫌を悪くしたままの君に話かける。
「この曲ってさ、ずっと昔に聴いてたのじゃない?」
「そうよ。今日整理したら出てきたの。だからちゃんと早く来てって言ったのに」
「……ごめん」
謝罪の言葉を口にする僕の顔を見ながら、君はわざとらしく溜め息をつく。
その姿に、なんだか肩身が狭くなっていくような気がした。
物事に無関心な君が、当日になって僕を家に招いた理由は、これを僕に聴かせたかったからなのだろうか。
そう考えると、この音楽より劣っているという事を思い知らされるようで、切なくなった。
「ちょっと、何ぼーっとしてるの?」
君の言葉で我に返ると、出てくるのは苦笑いで、君はそれを見てまた溜め息をつく。
その後、ヘッドホンを手に取りながら僕の顔を見て、目が合うと反対の方向へ背けた。
「どうしたの?」
そう言うと、君は少し照れくさそうに、ヘッドホンから流れているであろう音楽のケースを僕に差し出した。
これが何を意味しているのかと考えてみるが、僕にはちっとも分からなくて、君の顔を見返した。
すると、ケースに書かれたタイトルを指しながら僕を見る。
「スロー……スターター……?」
首をかしげている僕に向かって、君は小さく頷く。
どこかで聞いたことがあったかもしれないと言う僅かな記憶を辿っていく。
記憶の奥深くに眠っている糸を手繰り寄せようと探っていくと、その先にあったのはあの音色。
それは、僕と、君の、ゆったりとしたハジマリの音。
思い出したことを伝えるように君を抱き寄せると、リピートされた音楽が、この小さな空間を囲んで、あの頃の色で染めていった。